いわき気まぐれ料理ブログ
福島県いわき市の海の幸、山の幸と、それを使った料理、大久の海竜温泉プロジェクトを紹介していきます。
201705<<123456789101112131415161718192021222324252627282930>>201707
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
お袋の味
 私の母が料理をしなくなってから(できなくなってから)もうかなりになります。母は料理が得意の方ではなく、さらに、いわゆる和食は苦手だったと思います。我家のお袋の味は、和食と中華が得意な姉よりも、洋食が得意な私に受け継がれたようです。私の父母は、仕事でパキスタンの奥地に滞在していました。私が幼稚園から小学2年生までです。母は、父より遅く旅立ち、早く帰ってきました。それでも、1年以上不在でした。パキスタンの奥地ですから、食事はカレーか、イギリス風の食事でした。日本に帰ってきてから、カレーやシチューを時おり作っていました。当時は、タマネギを炒めて作るインド風(パキスタン風)カレーの店は、あまりなかった時代です。もちろん、子供でしたから、本格的なカレーレストランに連れて行かれたこともありませんでしたので、びっくりするほど辛く、不思議な香りの料理でしたが、すぐに病みつきになりました。牛尾のシチューも時々作っていました。シチューはイギリス風家庭料理だったと思います。カレーもイギリス風にアレンジされていたと思います。あと、大ぶりのロールキャベツも時々作っていました。いずれも、ブイヨンキューブなどを使わない作りかたでした。ブイヨンキューブを使わなかったのは、当時手に入りにくかったからなのか、元々使用しない調理法だったのか、今では分かりません。その代わり、鶏はできるだけしっかりした鶏の骨付きぶつ切り、牛肉はテールなどの骨のある部分を使っていました。パキスタンでは、タンのシチューも美味しかったそうですが、近所では材料が手に入りにくかったためでしょうか、作ってもらえませんでした。もちろん、普段はこういうご馳走は出てきませんでした。一番よく出てきた夕食のおかずは、マトンとタマネギを炒めた物でした。パキスタンはイスラム教国なのでは豚は食べませんから、肉は羊か鶏が多かったそうです。冷凍で輸入したマトンの薄切りは当時も安かったので、食べる量の多い父の夕食には欠かせなかったようです。
 オックステール(牛尾)シチューは、深鍋を火にかけ、油を少し入れ、塩・コショーをした牛尾を入れて、焼色を付けます。それからタマネギの薄切りを入れてしんなりするまで炒めます。メリケン粉(薄力粉)を少しふりいれ、なじむまで炒めます。水を入れ、ロリエを1枚入れ、ジャガイモを入れて、煮立てて、アクを取り、塩・コショーで味を調えて煮込みます。作って1日たつと、ジャガイモも柔らかくなり、自然なとろみがつきます。
 カレーの辛味の調節には、丸の赤唐辛子を使用していました。カレー粉などには、適当な量のカイエンヌペパー(赤唐辛子の粉)が含まれていますが、さらに辛味をつけるために、赤唐辛子を丸のまま数本、タマネギを炒めているときに加えます。この方が、トウガラシそのものが混じらないので良いように思います。私も、この方法を辛味をつけています。量はもう少し多めですが、辛味がついたら取り出してしまいますので、辛くなりすぎません。
スポンサーサイト

テーマ:料理 - ジャンル:趣味・実用

コメント
この記事へのコメント
いろんなブログ応援してまわってます。
応援ポチッ!
2007/10/15(月) 22:06:44 | URL | くりーむしちゅー #-[ 編集]
コメントを投稿する

管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
copyright © 2004-2005 Powered By FC2ブログ allrights reserved.
まとめ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。